国の国際収支を表す基準のひとつで
経常収支
というものがあります。
よくニュースや新聞でも経常収支が黒字、赤字といった言葉が出てきます。
“赤字”や”黒字”といった言葉は比較的馴染みがあると思いますが素人目の私から見ても
赤字は悪いもの、黒字は良いもの
といった単調な価値観が浸透している感じがします。
こうした何となく常識的にそうだろう、、、といったことには注意が必要かなと思うので今回取り上げたいと思います。
例えばもし黒字が絶対的に正しくて赤字が絶対的に悪いものであるといったシンプルな構造なら、すべての人や国が黒字化を目指せば良いという事になります、、、
が果たしてそれが本当に正しいのでしょうか。
日本は経常収支黒字国で度々アメリカなどからその黒字を問題視されたことがありますが本当にそれは妥当なのでしょうか。
今日はそんな経常収支の赤字と黒字について少し書いていきたいと思います。
1.経常収支って何?
まず経常収支とは
“貿易収支”と”サービス収支”と”所得収支”を合わせたもの
を指します。
そして
所得収支は第一次所得収支と第二次所得収支に分かれ、
ざっと簡単にまとめると
貿易収支 | 物の輸出入の収支。 |
サービス収支 | サービス取引の収支。 |
所得収支 | 第一次:対外金融債権・債務から生じる利子・配当金等の収支状況。 (利子の受け取り、支払いなど)
第二次:居住者と非居住者との間の対価を伴わない資産の提供に係る収支状況。(寄付、贈与の受払など) |
であり、
これらを合わせたものが経常収支と呼ばれ
居住者・非居住者間で債権・債務の移動を伴う全ての取引の収支状況
となります。(金融収支に計上される取引以外)
イメージとしては
海外にモノやサービスを売った代金から買った代金を引いたものと投資のリターンを加えたもの
となります。
経常収支=モノやサービスの輸出入の差+投資のリターン
といったところでしょうか。
なので、例えば投資のリターンを考えないとすれば
単純にモノやサービスを沢山輸出する(売る)と経常収支は黒字となり、
反対に海外からそれらを輸出した以上に輸入していれば赤字となります。
ちなみに国際収支の構成項目の1つでこの経常収支と並んで重要なもので
資本収支
というものがあります。
これは簡単に言うと
投資や外国からの借入による資産と負債による収支のこと
です。
要するに資本収支は
お金の流れを表す収支
となります。
外国からお金を借りたり、外国が日本に投資すれば資本流入であり
反対に
外国にお金を返したり、貸したり、または外国が日本に投資していたのを引きあげたりすれば資本流出
となります。
資本流入が(流出より)上回れば資本収支黒字、その反対が資本収支赤字
となります。
ポイントとしては
経常収支が黒字なら資本収支は赤字
反対に
経常収支が赤字なら資本収支は黒字
という関係が必ず成り立ちます。
2.経常収支の黒字や赤字は行動の結果に過ぎない?
自国のモノやサービスが沢山売れ、
海外からあまりモノやサービスを買わなければ
当然ながら貿易収支は黒字となります。
これを聞くと商売の感覚からすればそれは良いことのように感じますね。
また反対に
自国のモノやサービスが売れなくて海外からそれらを買ってばかりいれば
貿易収支赤字
となり言葉的にはなんか「損」をしているような印象を持つかもしれません。
しかしここに落とし穴があり、
そもそも経常収支や貿易収支の黒字が良い、赤字が悪いという考えは
経済学的には間違った解釈
となります。
どこがおかしいかと言うと、、、
そもそも一国の経常収支の黒字や赤字はその国の国民、企業、政府が最善と判断して選択した行動の結果でしかないからです。
別に国同士が貿易戦争や経済戦争をして
貿易黒字になったから勝っている、赤字だから負けている
といった話では決してなく、
個々が最善の行動をした結果を反映したものでしかないのです。
勉強してこれを初めて知った時は個人的には目から鱗でした。
何となく違和感のあったもやもやが解けて
いかにも”経済学的な考え”と感じました。(私の勝手な経済学イメージですが笑)
それと同時に素人目に見ても少しでも経済に馴染みがないと理解されにくそうな問題だなとも感じました。
国の経常収支や貿易収支が赤字であることが損しているといった考えは経済学的には初歩的な誤りであり、
これを
重商主義の誤謬
とも言うようです。
重商主義とは
金銀の価値を重視しそれを蓄積することが正しいとするような考え方であり、アダム・スミスが影響を受けた思想の1つです。
そのためこの重商主義は貿易でいうと輸出超過による金銀の流入が国富の増大のために不可欠であるといった考えを持っています。
しかし
実際にはこの重商主義的な考え方には問題があり
現代ではその国が貿易の赤字や黒字の多寡によって利益もしくは不利益を受けるといったこととは関係がない
と言われております。
事実、長い期間で見た際にほとんどの年において経常収支が赤字でありながらも経済成長し続け発展してきた国も存在します。
また
経常収支発展段階説
といったものがあるのですが、
それを見ると
その国の発展段階において経常収支が循環的に赤字になる時期や黒字になる時期があることがわかります。
そのことからも一概に赤字だからダメであり、黒字だから良いとも言えないのがわかります。
この事についてはエコノミストの安達誠司氏のおすすめの記事を参考に載せておきます。
そして同記事に書かれている内容の経常収支発展段階説をまとめたものが下の表になります。
国際収支の段階 | 貿易収支 | 所得収支 | 経常収支 | 対外純資産 | |
未成熟な債務国 | ↓ | ↓ | ↓↓ | ↓ | 経済発展初期。 海外の輸入に頼らざるを得ない。 自国での資金調達も困難のため海外からの借り入れで賄うことになる。所得収支、経常収支赤字で対外純債務も抱える。 |
成熟した債務国 | ↑ | ↓↓ | ↓ | ↓↓ | 経済発展がある程度進み輸出が増加。 貿易収支が黒字。海外の借り入れの利払いなどで所得収支は赤字。対外純債務も増大。 |
債務返済国 | ↑↑ | ↓ | ↑ | ↓ | 貿易黒字額が更に増加。所得収支の赤字を上回る。経常収支黒字国へ。対外債務も減少し始める。 |
未成熟な債権国 | ↑ | ↑ | ↑↑ | ↑ | 経常収支黒字が続き対外純債権国へ転換。 |
成熟した債権国 | ↓ | ↑↑ | ↑ | ↑↑ | 経済発展により賃金水準が上昇。製造業の海外移転により貿易収支が赤字になるが過去の対外純資産の積み上がりから所得収支は黒字を維持。 |
債権取崩国 | ↓↓ | ↑ | ↓ | ↑ | 貿易収支の赤字が拡大。所得収支の黒字を上回り経常収支も赤字になる。対外純資産が減少し始める。 |
また記事の中で安達誠司氏は
「国際収支の発展段階説」の重要な点は、国際収支構造の変化は、一国の経済発展段階と密接な関係があり、経済の発展段階に従って経常収支や対外資産(負債)残高の構造が決まってくるという点である。 |
と述べています。
このように経常収支は経済の発展構造の一種の循環での結果に過ぎないため
それを無視して経常収支の黒字、赤字といった問題を解決しようとしても無理がある上に、
むしろ経済の発展を遅らせたりと経済基盤が不安定となり本末転倒になってしまうことが予想されます。
3.経常収支赤字と黒字の捉え方。
1980年代ではアメリカが対日貿易赤字を契機にジャパン・バッシングがあったり、
比較的最近の話であれば過去にトランプ元大統領が対日貿易赤字を問題視するような発言がありました。
しかし、そもそも現代のように貿易や金融投資が自由化された時代では貿易黒字を減らすことは難しいのが現状です。
それに先述したように
経常収支が黒(赤)字であれば資本収支は赤(黒)字である
といった揺るぎない関係や
活発な国際資本移動は世界経済によって望ましい
といった経済学の基本から見れば本来はそんなに非難されることではないのかなと思います。
経済的な合理性から考えて
モノ・サービスの国際取引、国際資本移動は基本的には自由に行われるほうが良く、
資本が豊富で収益率が低い国から、資本が乏しく収益率が高い国へ資本が移動することは結果として世界全体の資源配分をより効率的にし望ましいはずです。
何度も繰り返すように
経常収支の赤字や黒字は
個々の主体がそれぞれ消費・投資・貯蓄といった中で最善の行動をした結果に過ぎないので
そこに固執することはむしろ歪みや非効率性を生み出してしまい、結果として世界経済の資源配分もうまくいかないことが予想されます。
例えば
(必要性の有無は置いといて)
もしどうしても自国の経常収支の赤字を解消したいのなら、、、
国内の消費者が消費を控えて、貯蓄を増やし、
国内企業は内部留保を増やし、
政府は財政支出を抑制し、増税をすることで財政赤字を削減すれば
赤字の問題は解決する方向に近づきます。
しかし、
問題はそれを実施し、経常収支を黒字化したところでその国の経済にとって良いかは全く別問題だと思います。
いくら上記の方法で経常収支の赤字が改善したとしても、
その副作用で景気が悪化し経済厚生が低下すれば意味がありません。
まさに目的を見誤った行動であり本末転倒になってしまいます。
例えばこちらの記事を参考にすると
世界第2の経常黒字国・日本は本当に豊かなの ドイツの4年連続世界一にトランプ米大統領が卒倒?
国際通貨基金(IMF)調査部のアティシュ・ゴーシュ副部長という方の意見を記載しているのですがその人は
「(経常収支)赤字が『良い』か『悪い』かについて話すのはほとんど意味がありません」
と述べた上で更に以下のような発言をされています。
「大きな経常赤字を抱える国では、企業、労働組合、国会議員はしばしば迅速に相手国を指弾し、不公正な貿易慣行について告発します」。しかし、経常赤字の原因は一様ではありません。
(1)経常赤字が輸出を上回る輸入の過剰を反映している場合、それは国際競争力の問題を示している可能性がある (2)経常赤字は貯蓄を上回る投資の過剰を意味するため、生産性の高い成長経済を指している可能性がある (3)経常赤字が高額の投資ではなく低額の貯蓄を反映している場合、放漫な財政政策や消費過多によって引き起こされている可能性がある (4)時間軸上で利益と損失を配分する選択の問題が生じる場合がある。震災など一時的なショックや少子高齢化など人口動態の変化のために、賢明に異時点間貿易を行っている可能性がある https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20190914-00142666 より引用。 |
このように経常収支赤字と一言で言っても様々な状況が考えられます。
そのため冒頭で書いたように
経常収支赤字がダメで黒字が良いといった脊髄反射のような反応がいかに問題かがわかります。
おそらくこの問題に関してはこれからも度々出てくることもあるかもしれませんが
もし似たような時事ネタのニュースが出てきた際は少し冷静に考えてみるのが良いのではないでしょうか。
この内容はどうも経済の専門家の中でも意見が分かれて対立しており難しい内容であると言えます。
ただ私が勉強してきた感じでは今回紹介した考えや記事の方が妥当であると考えております。
もしもっと専門的なことで詳しく知りたいという方がいれば少し古い本ですがおすすめ書籍で小宮隆太郎氏の「貿易黒字・赤字の経済学」という本があり、
今回の内容もこの本を大いに参考にしたので良ければ読んでみてください。
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4.まとめ
- 経常収支赤字は悪いもの、黒字は良いものといった考えは経済学的には誤り。
- 経常収支黒字なら資本収支は赤字、経常収支が赤字なら資本収支は黒字といった関係は必ず成り立つ。
- 経常収支の黒字や赤字は原因ではなく結果に過ぎない。
- 経常収支だけを見てもその国の経済状態はわからない。