【力の落とし穴】筋力だけではない加齢によるパフォーマンス低下の原因とは?

以前このブログで筋力トレーニングの負荷量に関して触れた際に“RM(Repetition Maximum)”についてご紹介しました。

(前回のブログ:筋トレの正攻法ってあるの? 参照)

おさらいとしてRMは最大反復回数のことで

その人が丁度その回数だけ反復して行える負荷

を表しています。

筋トレの中では古くから取り入れられているスタンダードなものとなります。

トレーニングの目標としても1RMを向上させることに重点を置かれていたり、ウェイトトレーニングの成果の確認として使われることもあるような指標です。

厳密に言うと少し異なり語弊はあるのですがRMはイメージとしては“力”に注目したトレーニングであると言えます。

この従来通りのRM、、、

勿論恩恵も大きいのですが、いわゆるこうした”力”を基準にした考え方も万能ではなく、デメリットや不十分な点はあります。

今日はそんな前回紹介できなかったデメリット部分等について豆知識を織り交ぜながら少し書いていきたいと思います。

1.筋力(RM)の向上≠パフォーマンス向上である点に注意

 

まず筋トレに限らずですが何かトレーニングをする際の最終的な目標としては

現実世界でのパフォーマンスを向上する

ことが何よりも重要になってきます。

例えば

  • スポーツの世界ではパフォーマンスアップをすることでその競技結果の向上へ繋げる。
  • 怪我などで障害を負った人のリハビリテーションではそれをなるべく障害前のレベルまでパフォーマンスを改善し痛みのない身体機能の獲得を図る。
  • 足腰が弱り転倒の多い高齢者であれば、パフォーマンスを上げることで転倒せずに日常生活を安全に行えるようになる。

といった感じでトレーニングや運動療法というものは身体パフォーマンスを向上させ、最終的にはその人が現実世界で達成したい目標に繋がってこそ意味があります。

いわばパフォーマンスアップは一種の目的であり

それを達成する一手段としてトレーニングや運動療法を活用していくといった関係にある

と言えます。

それを踏まえた上で本日焦点を当てたい問題があります。

それは

必ずしも1RM(筋力)の向上=パフォーマンスの向上であるとは言えない

といったことです。

1RMの向上、、、

いわゆる発揮できる筋力が向上したからといって、実際の場面でもそれが即座に反映されパフォーマンスアップに繋がるかについては少し注意が必要です。

もちろん1RMの向上を目標にトレーニングをした結果、パフォーマンスが上がる場合あります。

しかしそれは厳密に言えば1RM向上の副次的な効果であり、パフォーマンスアップに”直結”しているとは必ずしも言えない側面があります。

誤解のないように補足するともちろん筋トレを否定しているわけでもありませんし、現に筋トレが非常に重要となる場面は多く存在します。

しかし

遭遇するケースやその人の求める目的によっては
1RMなどの最大筋力の向上を目指しただけのトレーニングでは解決できない問題も多く存在することは知っておいて損はないと思います。

時々、全ての問題は筋トレで解決出来るといったことを目にすることもありますしそう言いたくなる気持ちもわかります。

別の機会に書きたいと思いますが、筋トレは心身共に多くの問題を解決してくれますしコスパもとても良いと私も思っています。

しかし、それでも

全てを解決することはできません。

というのも例えばリハビリの話1つとっても、もし1RMの向上だけで全てのパフォーマンスが改善するのであればリハビリもそれに則って行えば全て解決することになってしまいますが、現場で働いている私からしてもそんなことはありえないと日々実感し苦労しています。

もう少し具体的に高齢者の転倒について少し例をあげさせて頂きます。

“高齢者の転倒”

というのは非常に大きな問題です。

時には転倒をきっかけに骨折し、寝たきりになってしまうことも重々にあり得ます。

そのため転倒リスクのある高齢者にとって転倒を予防することは非常に重要な課題となります。

また転倒の減少が骨折の減少につながるのであれば病院での高額な治療費の抑制にもなるため、転倒予防は費用対効果が高いとも考えられています。

ここで改めて確認したいことがあります。

それでは高齢者にとっての転倒の危険因子とは何なのでしょうか。

米国老年医学会、英国老年医学会、米国整形外科学会の資料を参考にすると転倒要因の危険率については下記のようになっています。

 

(Guideline for the Prevention of Falls in Older PersonsAmerican Geriatrics Society, British Geriatrics Society, and American Academy of Orthopaedic Surgeons Panel on Falls Preventionより引用)

少し見にくいかもしれませんがこれは転倒の危険因子に関する16の先行研究結果から転倒の各要因についてまとめたものです。

これを確認するとRisk Factorの一番上にMuscle weakness(筋力低下)があることがわかります。

この結果は

筋力低下があると転倒の危険性が4.4倍高くなる

といったことを示しています。

その他の転倒のリスクファクターとしては、

  • 転倒歴
  • 歩行障害
  • バランス機能障害
  • 補助具の使用
  • 視覚障害
  • 関節障害
  • ADL(日常生活動作)の低下
  • うつ病
  • 認知機能障害
  • 年齢(80歳以上)

といった要因があるのですがこれらを含めた中でもこの資料によると

“筋力低下”が最も転倒の危険性が高くなる因子である

としています。

これを聞くと

やっぱり筋力トレーニングが必要ではないか

と言いたくなると思いますし、事実それが間違いであるわけではないのですが、、、

この資料をさらに読んでいくと

  • 転倒予防のために最適な運動の種類、強度、時間は不明である
  • 繰り返し転倒している高齢者には長期の運動とバランストレーニングを推奨。
  • バランストレーニングのエビデンスが最も強く、レジスタンストレーニングと有酸素トレーニングのエビデンスは少なく、運動の強度や種類に関するデータはほとんどない。
  • 成功した運動プログラムは一貫して10週間以上行っており、運動の継続が重要である。

といった内容が書かれています。

またその他の文献を参照しても

筋力トレーニングのみでは転倒減少効果は少なく様々な運動を組み合わせた方が効果は高いといった報告があります。

しかし同時にもどかしいことですが

どの運動が転倒予防に不可欠な要素なのかといったことについてはまだまだ不明点が多いようです。

(参照:Feder G et al.Guidelines for the prevention of falls in people over 65. The Guidelines’ Development Group.The Guideline’s Development Group.BMJ,321(7267):1007-11)

そのため暫定的な言い方にはなりますがこれらから察するに

たとえ筋力低下が一番の危険率を高める要因と考えられている”転倒”という現象を1つとっても、、、

それに対していかにも直結しそうな筋力訓練を取り入れたところで、それが最適なパフォーマンスアップ方法(この例で言えば転倒予防に繋がる方法)であると一概には言えないことが推察できます。

筋力低下が1番のリスク因子なのであれば筋力トレーニングをすれば良い、、、

一見何も間違っていない気がしてしまいますが、そう短絡的に捉えてしまうのには少し注意が必要なのがこれらからもわかります。

なんとも難しい話ですね。

2.筋力以外にはどんな要素があるの?

 

単純に筋力を上げるだけでは不十分なのであれば、では実際に他にどんなことに注目すれば良いのでしょうか。

あくまでも一例にすぎませんがそんな疑問解決の1つとして本日焦点を当てたいのが

スピード

です。

ちょっと難しいのですが速さ速度加速度などいった言葉は普段でも何気なく使われる言葉かもしれませんが

実は専門的に言うとこれらは全て意味が異なります。

しかしそんなことまで触れていくと長くなってしまう上に余計に分かりにくくなるので省いて、専門の人から見たら叱責を受けそうですが個人ブログですし今回はそんな声は無視して(笑)全部結構ごちゃ混ぜに”スピード”と表記していきます。

そういう難しい概念は一旦置いて、要するに発揮出来る“力”だけに目をやるのでなくて

早く動ける

といったスピードに今日は焦点を当てます。

(ちなみに”力”も似たような概念で”仕事量”、”パワー”そして”力”といった言葉は全て意味が異なりますが、今回のブログではそれらも適当に混ぜて使っています(笑)。その内それらの違いについても書いていきます。)

まずスピードを考える上でお伝えしときたい筋肉の性質があります。

それは

私たちの筋肉は力を出した際にはその筋繊維が一斉に同時に動くわけではない。

ということです。

動けと自分の身体の筋肉に指令を送ったとしても瞬時に筋繊維が同時に動くわけではなく、、、

原理としては要求された運動をこなせるようになる筋出力を得るまで少しずつ運動単位というものの数を増やしていきます。

そしてこの筋繊維にも種類があり

  • 長い時間、力を発揮出来るが力自体は弱い遅筋繊維
  • 短い時間しか力を発揮できないが力は強い速筋繊維

といった種類に分けられます。

筋力を発揮する際は通常は遅筋繊維で構成されるS型(slow)の運動単位から活動が始まり順次、速筋繊維で構成されるFR型(fast fatigue-resistant)、FF型(fast fatiguable)が動員されていきます。

このメカニズムを

サイズの原理

と言います。

更にこれに加えて別で運動単位の“活動の頻度”を増やすことで筋出力を高めるといった調整もされています。

そのため

筋肉というのは力を発揮するのに一定の時間を必要とします。

(数100㎜秒)

そしてこの筋肉が力を増加させていくスピードのことを

RFD(Rate of Force Development:筋力増加率)

と言います。

そのため筋力を発揮するスピードにはこの働きが非常に重要になってきます。

しかしこのRFDは年齢を重ねると低下してくる傾向を持っています。

要するに年をとるにつれて力を発揮するまでに時間がかかるようになってきます。

年齢を重ねると身体の衰えを自覚する方も多いかもしれませんが、筋肉の動くスピードに関してはこうした神経系の問題も関わってきます。

余談ですがこうした神経系以外の問題についても少し触れると、当然年齢を重ねると

筋肉量が減少する

ということもありますが、同時に

筋肉の質も変化してくる

ことがわかっています。

例えば先ほどの筋線維の話で言うと、遅筋繊維と比べて速筋繊維がより顕著に加齢により萎縮することがわかっています。

つまり神経系によるRFD低下だけでなく

加齢により萎縮しやすい筋繊維の種類から考えても
高齢者は素早く筋肉を動かすことが難しくなるといった傾向を持っています。

筋肉の質の話をもう少し続けると、高齢者では若者と比べて筋肉内にある収縮組織も少なく

脂肪や結合組織といった非収縮組織が多いことが報告されています。

つまり

年を重ねると筋肉が脂肪の多い霜降り肉状態になってしまうのです。

そして

この筋肉内の脂肪が増えることは運動能力を低下させるリスクの上昇と関連している

と言われています。

(参照:Marjolein Visser et al.Muscle Mass, Muscle Strength, and Muscle Fat Infiltration as Predictors of Incident Mobility Limitations in Well-Functioning Older Persons.The Journals of Gerontology: Series A, Volume 60, Issue 3, March 2005, Pages 324–333,)

そのため筋肉は”量”だけでなく”質”も重要になってきます。

ちなみにこの筋肉の質の低下も運動により予防できることがわかっています。(筋肉の脂肪浸潤増加予防)

まとめると

加齢に伴う筋肉の性質の変化としては

  • 速筋繊維が萎縮する。
  • 筋繊維自体に脂肪の割合が多くなる。

といったことで筋肉の質が低下してくる傾向を持っています。

この筋肉の質に着目した運動などもいずれ書いていきたいと思います。

 

神経系の話に戻すと筋力増強のスピードであるRFDですが

パフォーマンスの向上の鍵の1つはこのRFDが握っている

と言われています。

最大筋力を上げれば確かにパフォーマンスが上がることも間違いではありません。

また最大筋力向上を図ることで、ある程度はRFDも向上します。

しかし最大筋力を上げるだけではパフォーマンスの上昇には限界があったり、またそうしたトレーニングによるRFDの向上も頭打ちになると言われています。

そこからさらにRFDを向上するにはそれに特化したトレーニングも必要であると考えられています。

少し語弊がある言い方かもしれませんが事実、RFDは筋トレ以外にはバランストレーニングのような運動を取り入れることでも向上することがわかっています。

(参照:M.Gruber er al.Impact of sensorimotor training on the rate of force development and neural activation.European Journal of Applied Physiology)

先ほど米国老年医学会の資料にも転倒予防にバランストレーニングの効果があるといった内容が書かれていることを紹介しましたが、もしかしたらこのRFD向上による効果も影響しているのかもしれません。

(Guideline for the Prevention of Falls in Older PersonsAmerican Geriatrics Society, British Geriatrics Society, and American Academy of Orthopaedic Surgeons Panel on Falls Prevention)

それではなぜパフォーマンスを高めるのにそんなにRFD、、、

つまり”スピード”が重要となってくるのでしょうか。

次にそれらについて少し書いていきたいと思います。

3.スピードの重要性と実用性の高さとは?

 

これは幾つか例を思い浮かべると分かりやすいと思います。

例えば先の例の高齢者の転倒問題、、、

若い人であれば仮に何かにつまづいたとしても、そう易々とひっくり返ったりはしないと思います。

たまにそういう場合もありますが、あれは人前でやってしまうと非常に恥ずかしいですよね(笑)

若い人でもつまずいたりバランスを崩すことはありますが転倒までは滅多にいきません。

ではそもそもなぜ高齢者には転倒が多いのでしょうか。

若いうちはバランスを崩しても通常、すぐに次の足を出すことでバランスを立て直します。

その一歩出した足で踏ん張ることで転倒することを防いでいます。

しかし高齢者ではそのバランスを崩した際の”一歩”が出せなかったり、仮に一歩足を出せたとしても

崩したバランスを立て直すだけの足の力を素早く発揮できずに転んでしまう

といった問題があります。

(参照:Maki Be et al.Control of rapid limb movements for balance recovery: Age-related changes and implications for fall prevention.Age and Ageing 35 Suppl 2(Suppl 2):ii12-ii18
Mcilroy WE et al.Age-related changes in compensatory stepping in response to unpredictable perturbations.J Gerontol A Biol Sci Med Sci.)

つまりここでも転倒という不測の事態に適応できるだけのスピードが必要であることが示唆されます。

 

また同じスピードについてスポーツ場面を例にするとスプリント、ジャンプ、キック、投球といった動作はその動作中に力を発揮できる猶予時間が約30~200ミリ秒という非常に短い時間であることがわかっています。

(※1000ミリ秒=1秒)

スポーツ競技ではそうした非常に短い時間での力の発揮が求められる場面が多いのですが

実は最大筋力を発揮するのに必要な時間は少なくとも約300ミリ秒必要であると言われています。

これはどういうことかと言うと

最大筋力を鍛えて高めたとしてもそもそも論として

その筋力をフルに発揮するにはどうしても時間がかかってしまい、
現実世界(競技)ではその時間的猶予がない

といった困った事態が起こります。

ここで少し力学的なお話になりますが、ジャンプや走る、投げるなどの競技スキルをわかりやすくここでは全て1つにまとめて“仕事”と表現します。

運動力学では“仕事”とは何らかの労力を表す物理量であり、その労力の大きさを判断する指標となります。

そしてそうした仕事をこなす効率のことを示す“パワー”という概念が存在するのですが、普段何気なく使う言葉と比べて厳密な定義があり、力学的には同じように感じる”力”と”パワー”は意味合いが異なります。

パワーは仕事率とも言い換えることができるのですが

いわゆる単位時間当たりの仕事量

のことを指します。

仮に同じ仕事量でもそれを早く終わらせれば仕事率は高くなりますし、反対に少ない仕事量でも長い時間をかければ仕事率は高くなります。

そしてそのパワーは下記のように定義されています。

パワー = 力 × 速度

そしてまず大前提として重要なのは

このパワーの向上がありとあらゆる様々なパフォーマンス向上に関わってくると言われています。

ここで先ほどの話に戻りますが、

実際の競技の場面では

  • 力を発揮したくても力を発揮しきるまでの時間的猶予がない。
  • しかし高パフォーマンス(パワー)を発揮したい。

といった問題があります。

これに対処するにはどうしたら良いでしょうか。

それはもう一度先ほどの式をを見れば自ずと答えが出てきます。

そうです。

この式の中にある”力”を十分に発揮できないといった制約があるのなら仮にもう一方の”速度”を高めることさえできれば大きなパワーを生み出せることがわかります。

正直かなり省略し猥雑な説明ではあるのですがスピードが重要な理由はこういった側面もあります。

勿論、力も重要なのですがこの“パワー”がそもそも力と速度の掛け算なので何も力を上げることだけに固執する必要はなく速度にも焦点を当て、

力と速度の両方を可能な限り上げることができれば効率よくパワーを高めることができることがわかります。

そしてそうしたパワーの向上がパフォーマンスの向上に繋がっていきます。

つまり普段のトレーニングに力だけでなく速度の概念も加えることでより現実に適したパフォーマンスアップに繋がる可能性が広がります。

その速度を高めるのに深く関わる要素が前半で紹介したRFDなのです。

また私自身意外に感じたのですが実はRFDの向上、いわゆる瞬間的な筋力の発揮を高めるようなトレーニングは何も瞬発力が必要な競技だけに限らず

持久走といった一見、瞬発力と関係のなさそうな競技パフォーマンスをも上げることがわかっています。

(参照:Paavolainen L et al.Explosive-strength training improves 5-km running time by improving running economy and muscle power.L Paavolainen et al. J Appl Physiol (1985). 1999.86.5.1527.)

こうした背景もあり

「RFDは事実上、スポーツの成功を決定する最も重要なトレーニング変数である」

といった意見や

「RFDの増大こそがトレーニング過程の最終目標である」

といった意見もあります。

今回はざっくりとスピードに関して初めて触れましたが、比較的近年注目されている面白い分野ではあるので今後も少しずつ詳細を書いていきたいと思っています。

4.まとめ

  • 力は重要だけどそれだけに固執するのは要注意。
  • 高齢者の転倒の危険要因のトップは筋力低下。
    ↪︎それでも筋トレの1点集中だけでなく様々な運動を組み合わせる方が良い。
  • 加齢により筋肉量だけでなく筋肉の質も低下してくる。
    ↪︎筋繊維は速筋繊維が萎縮しやすい。筋繊維も脂肪の多い筋繊維となる。
  • 速さ向上の鍵はRFD。RFDは加齢により低下する傾向がある。
  • RFDの向上はパフォーマンスアップに繋がりやすい。
    ↪︎一見関係のなさそうな持久走のパフォーマンスアップまでも見込める。

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