前回はストレッチについて取り上げましたが、少しマイナスな印象を持った方もいるかもしれないので今日はその補足でストレッチについての基礎知識を取り上げたいと思います。
一般的な体操に限らず、スポーツやリハビリの現場でも使用されるストレッチですが、何故ストレッチがそんなに使われており、そもそもストレッチにはどういった効果があるのかといったことについてご紹介していきます。
まずストレッチの効果について代表的なものを1つ挙げるとなるとやはりそれは
- 柔軟性の改善。
になります。
他にも血流の改善や疼痛の緩和、パフォーマンスの改善など細かく言うとまだまだあるのですが、ストレッチをすることで得られる効果として最も有名である柔軟性の改善について今日は取り上げたいと思います。
そして少し専門的にはなりますが、そもそもストレッチをすることで何故そういった効果を得ることができるのかについてご紹介します。
そうしたストレッチのメカニズムを知ることで、自身で取り入れる際に、よりストレッチの効果を高めることができるだけでなく、自分にはどのようなタイプのストレッチが適しているのかといったことも見えてきます。
1.なんでストレッチで柔軟性が改善するの?
ストレッチで身体が柔らかくなる理由。
私たちヒトは年齢を重ねるにつれて身体が硬くなり、柔軟性は低下していきます。そして柔軟性の低下は様々な運動器障害の原因になることもあれば、生活の質を低下させる原因にもなりえます。
そうした予防のためにも身体の柔軟性の向上もしくは維持は非常に重要になってきます。
しかし、ここで素朴な疑問として、、、
といったものがあります。
『硬いのを伸ばしたら柔らかくなるのは当然でしょ(¬_¬)』
と感じる方もいるかもしれませんが、実はそう単純な話ではありません。
実はストレッチはただ単純に伸ばしておけば効果が出るというものではないのです^^;
身体を柔らかくするなら反動をつけたストレッチはNG。
というのもストレッチをする上で過度に伸ばす、それも瞬間的に反動をつけて伸ばすことは推奨されていないのです。
なぜならそうした手法は柔軟性の改善も目的とするならば基本的にやっていはいけないストレッチの代表例でもあるからです。
硬い身体を改善したくて、ついつい力任せに反動をつけたりと頑張りすぎてしまう人がたまにいますが、これは怪我のリスクがあるだけでなく、実はストレッチのメカニズムを理解するとこうした手法は余計に身体を硬くしてしまうリスクがあることがわかります。
私たちヒトの身体が単純な物質であれば、力任せに伸ばすこともアリなのかもしれませんが、ヒトの身体をそうした物質的な性質だけで捉えることは誤りであり、逆効果となってしまいます。
柔らかくするために、強く、勢いよく伸ばすことでなぜ余計に身体が硬くなってしまうのか、、、
その理由の1つとして、ヒト(生物)の身体には目に見えない神経系の作用があるからです。
ストレッチによる痛みの改善効果にも言えることなのですが、この柔軟性改善のメカニズムには実は神経系の作用が大きく関与しています。
そのためまず前提として、
2.反動をつけたストレッチが柔軟性改善の逆効果になるわけとは?
身体にはセンサーがある。
ヒトに限らず生物の身体には状況把握のための多種多様なセンサーが全身に付いています。
そしてそのセンサーの1つとして、筋肉の長さの変化を感受する筋紡錘というものがあります。
このセンサーである筋紡錘は筋肉が急激に伸ばされた際に興奮し、その情報を脊髄に伝達します。そしてその情報を得た脊髄は筋肉がそれ以上伸ばされてダメージを負わないように伸ばされた筋肉に対して縮むように指令を送ります。
こうした無意識下に起こる(大脳を介さない)反応を反射と言いますが、この反射性の筋収縮を促すメカニズムのことを伸張反射(stretch reflex)と言います。
打腱器で膝蓋腱を叩くと、膝が勝手に伸びるという現象がありますがその現象がまさに伸張反射にあたります。
伸張反射のメカニズムをまとめると以下のようになります。
- 筋肉が急に伸ばされる。
- 筋肉内にある筋紡錘というセンサーが興奮する。
- 筋紡錘の興奮が求心性Ia神経線維によって脊髄後角へ伝達される。
- Ia神経繊維は脊髄内で直接、脊髄前角に存在する運動神経細胞にシナプス結合している。
- Ia神経繊維によって運動神経神経細胞が興奮する。(脱分極させる)
- この脱分極が遠心性Aα繊維によって筋肉まで到達することで、筋肉を反射的に収縮させる。
専門用語もあり嫌な感じですが、要は上の何か複雑そうなメカニズムを経て
ストレッチは主には筋肉の過剰な緊張を和らげることで柔軟性を改善したり、疼痛の緩和効果を得るために実施されます。
もしかすると中には学生時代やその昔、柔軟体操で反動を利用してストレッチを行っていた人やそのようなストレッチ指導をされた方もいるかもしれません。
しかし、仮にそうした反動をつけたストレッチをしてしまうと上のようなメカニズムが働き、筋肉の緊張の抑制効果とは正反対に緊張をより高めてしまうといった逆効果を生むことがわかっています。
反動をつけたストレッチはバリスティック・ストレッチングと呼ばれますが、以上のようなデメリットがあるため現在ではあまり使用されなくなっています。
怪我のリスクもあることから正直なところ、私もリハビリ現場でこのストレッチ手法を用いることはほとんどありません。
(ただ例外として、筋肉の緊張が低下している場合においてはその緊張を高めるためにバリスティック・ストレッチングを用いることは有用であると考えられています。)
3.柔軟性改善に向いているストレッチ手法とは?
身体を柔らかくするのに向いているストレッチとは?
伸張反射といった神経系の作用があることから、柔軟性改善のためには反動をつけた過度なストレッチは不向きであることがわかりました。
では反対に柔軟性改善のために向いているストレッチとはどういったものなのでしょうか。
その代表例がスタティック・ストレッチングになります。
スタティック・ストレッチングとは反動を使わずゆっくりと筋肉を伸ばし、その状態を一定時間キープする手法になります。
実はこのストレッチ手法がなぜ柔軟性を改善することに向いているのかといったことも、神経系の作用を知ることで理解できます。
先ほどヒトの身体には多種多様なセンサーがあると書きましが、筋腱移行部に多く存在するセンサーでゴルジ腱器官というものがあります。
このゴルジ腱器官はスタティック・ストレッチングのように筋肉をゆっくりと伸ばし、その状態を保持するような刺激に反応を示します。
そしてその受容した刺激に対して、先ほどの伸張反射とは異なり運動神経細胞の興奮を低下させるといった作用を持ちます。
つまりは筋肉の緊張を低下させる効果を持っているのです。
簡単なメカニズムは以下の通りです。
- 筋肉が持続的に伸ばされるとゴルジ腱器官が反応する。
- ゴルジ腱器官はその刺激に対しての信号を求心性Ib神経繊維を通じて、脊髄(後角)に伝達する。
- 脊髄内にある介在ニューロンがその信号を受けとる。
- 介在ニューロンが脊髄前角にある運動神経細胞の興奮を低下させる。
- 結果として、持続的に伸ばされた筋肉の緊張が低下する。
※反対に拮抗筋の脊髄前角細胞に対して促通的に働く。
(自己抑制と相反性促通)
上のようなメカニズム、、、神経生理学的な反応をIb抑制と言います。
これも難しく感じてしまうかもしれませんが、一言で言うと
伸張反射とIb抑制というものは神経生理学の基本となりますが、この知識は現場でも非常に重要になってきます。
4.おわりに
ここで冒頭の話にもつながります。
筋肉に限らずですが、身体のコンディショニングをする上で単純に硬い状態から柔らかい状態へ、短くなっている状態からを伸ばして長くするといった状態をつくっていきたい、もしくは必要となる場面は多くあります。
ただこうしたストレッチやその他トレーニングでも言えることですが、単純に闇雲に伸ばしたり何となく鍛えたりすれば良いというわけではありません^^;
今回のストレッチの例1つとっても、伸ばしたければ単純に目一杯伸ばせば良いわけではないどころか、そうした行為は逆効果に繋がることをご紹介させていただきました。
その理由として人の身体は単純な物質でないため、あらゆる刺激に対して神経生理学的な反応を示すからといった内容でした。
そのため何となく正しそうなことを何となくやるのではなく、今回の例で言うとそうした神経生理学的反応も理解した上で
- ヒトの身体はどういった刺激を与えたら、どういった反応(神経生理学的反応)を示すのか。
(例:急激な伸張刺激は伸張反射を生む、ゆっくりとした持続伸張はIb抑制を生む。) - その人の今のコンディション的に現時点ではどのような反応を促すのが良いのか。
(例:筋肉の緊張を低下させた方が良いのか高めた方が良いのかは部位やその人の状態によって異なる。) - 狙った反応を促すには、その人にはどれくらいの刺激量(負荷量)が良いのか。
(例:筋緊張が亢進している人は伸張反射が起こりやすいため刺激の入れ方にも工夫が必要。)
といったことを考慮することが必要になってきます。
ただここまで考慮するとなると中々難しいところではあると思います^^;
はたから見るとあまり必要性を感じないことも多いかもしれませんが、運動の指導を一度は専門の人にチェックしてもらうのが良いというのはこういった多様な影響を考慮しつつ、かつ個別性の大きいところも合わせてカバーしてもらえるからといった一面があります。
ストレッチに関しては次回も続けてもう少し書いていきたいと思います。