あなたは、頸(くび)の痛みを経験したことはあるでしょうか?
実は頸部痛(首の痛み)は腰痛と並んで、運動器疾患の中でもよくみられるものです。
「生涯の内に経験する割合は50%を超える」といった報告もあります。
また厄介なことに、頸部痛は腰痛よりも痛みや機能障害が残存する傾向にあることが示されています。
頸部痛を発症する人としては、中年世代に多く、その中でも女性に多いと言われています。
(参照:三木貴弘 他:Treatment Based Classification に基づいた頸部痛に対する多面的な介入.理学療法学 第 46 巻第 2 号.2019 )
そんな頸部痛ですが、原因は多種多様です。
ざっと紹介すると以下のようなものがあります。
- 外傷が明らか。→頸椎捻挫の可能性あり。
- 明らかな外傷がなく急に出現。→急性疼痛性頸部拘縮、環軸椎回旋位固定(AARF)など。
- 発熱を認める。→crowned dens syndrome(CDS:頸椎環軸関節偽痛風)や感染性脊椎炎など。
- 急性ではないが、安静でも痛みが軽減しない。→頸椎腫瘍、内因性(心筋梗塞の関連痛,気胸による背部痛)など。
- 急性ではないが、安静で痛みが軽減する。→後頭神経痛、頚椎症、頸部筋筋膜炎、頚椎症性神経根症など。
以上のように頸部痛の原因は様々です。
(参照:内科臨床誌 メディチーナ Vol.60 No.7.整形外科プライマリ・ケア 内科医が知りたい整形外科疾患のすべて.医学書院.2023)
頸部痛は罹患率が高いのですが、注意の必要な病気が隠れている可能性もあるので、症状が持続し、気になる方は一度、医療機関に受診するのがオススメです。
原因が多種多様であり、腰痛と比べると機能障害が残りやすいといった特徴があるため、全てを一括りにして語ることはできませんが、今日はそんな頸部痛に対して、有効であるとされている運動についてご紹介したいと思います。
1.頸部痛に有効な運動とは?
頸部痛に対して有効な運動とは。
※持久力トレーニングやストレッチは単独ではなく、筋力強化との併用で効果あり。
(参照:Cochrane:Exercise for Neck Pain)
またfMRIを用いて頸部の筋肉を評価した研究によると、頸部に痛みが発生すると頸部深層屈筋群(首を曲げるインナーマッスル)の活動が早期に変化するといった特徴が報告されています。
(参照:B Cagnie er al:Functional reorganization of cervical flexor activity because of induced muscle pain evaluated by muscle functional magnetic resonance imaging.Man Ther. 2011)
そういったことから、
インナーマッスルとアウターマッスルの訓練は性質が異なる。
ただ一つここで補足があります。
首に限らず、脚や肩のトレーニングにも共通して言えることですが、インナーマッスルを鍛えるというのは一般的にイメージされる筋肉を鍛えるといったものとは異なります。
筋肉を鍛えるというと、一般的にはウエイトトレーニングのような力いっぱい頑張って訓練するといったイメージをされる方が多いかもしれません。
しかし、それはあくまでもアウターマッスルの訓練であって、インナーマッスルを鍛える場合は基本的には「動きは小さく、力は最小限に」といったイメージになります。
というのも、部位に限らず力いっぱい頑張ると基本的にはアウターマッスルが優位に働いてしまいます。
そして、アウターマッスルが働きすぎて、インナーマッスルが働いていない状態というのは基本的にはケガのリスクが高く、多くの場合、運動器疾患の治療には繋がらないことが多いのです。
インナーマッスルを鍛えるというのは、思った以上に微力な感じになります。
インナーマッスルのトレーニングを行うと、よく「え!、こんなので良いの!?」となります。
それくらいに、インナーマッスルを鍛えるというのは繊細な動きになります。
もう一度言いますが、インナーマッスルを鍛えるというのは、感覚的には”正しい動きを学習する”といった感じになります。
反対に「やってやったぜ」、「筋肉痛になりそう」といった鍛えた感のあるものは基本的にアウターマッスルのトレーニングの特徴とも言えます。
インナーマッスルの訓練とアウターマッスルの訓練のどちらが良いかは人によって異なる。
どちらが良い・悪いではなく、両方とも大事になります。
そして、どちらがその人にとって、適しているかはその人のその時点での身体機能や目的、抱えている症状などによって左右されます。
私の印象としては、トレーナー系の人はアウター重視のインナー軽視、リハビリ系のセラピストはインナー重視のアウター軽視になりやすい傾向があります。
それは普段、対象とするクライアントや患者さんの層が違うので仕方がない部分はあるかもしれません。
しかし、どちらを軽視してもいけません。
確実に両方とも重要になります。
そのため、人によってインナーマッスルを重視した運動が良いのか、アウターマッスルも含む運動が良いのかは異なってきます。
少し話が逸れてしまいましたが、このようにインナーマッスルを鍛えるというのは、どちらかというと運動学習といった要素が強くなります。
2.頸部痛の運動療法を行う上での注意点とは?
しかし、ここで1つ問題がでてきます。
痛みは運動の学習効果を阻害する。
とある研究によると、人の身体は痛みという抹消からの入力があると、脳の運動学習効果が阻害される可能性があることがわかっています。
(参照:Shellie Boudreau et al:The effects of intra-oral pain on motor cortex neuroplasticity associated with short-term novel tongue-protrusion training in humans.Pain. 2007)
そのため、効果的にインナーマッスルを鍛える、、、言い換えると正しい運動を行えるようになるには、それを阻害する”痛みの解消”が必要になってきます。
こうなると、鶏が先か卵が先かの悪循環状態に陥っていることがわかると思います。
頸部の機能障害が残存しやすい特徴として、もしかしたら、こういったことも関係しているのかもしれません。
頸部痛の運動療法には学習を阻害する”痛み”の除去も必要。
なので頸部痛に対しての運動に関しては、首のインナーマッスルを鍛える運動や上肢の筋力訓練などの前に、もしくはそれらと並行して、「痛みの軽減を図る運動」も必要となってきます。
今日は最後に首の痛みの軽減を図る運動の一例をご紹介したいと思います。
3.頸部痛の症状軽減に繋がる運動とは?
『中心化』と『抹消化』とは。
かなりマニアックな話にはなりますが、症状の反応に関して以下の2つの用語があります。
- Centralization(中心化)
- Peripheralization(抹消化)
この2つは、脊柱に対してある特定の最終域まで負荷をかけた時の症状の変化を示す用語です。
『中心化』とは脊柱に一定の負荷をかけた際に、抹消にある症状が脊柱側(文字通り身体の中心)に移動し、症状の範囲が減少する現象を指します。
一方、『抹消化』とは同様に脊柱に一定の負荷をかけた際に、症状が遠位に移動する現象を指します。
この2つの現象は脊柱原性の痛みを評価、アプローチするにあたって非常に重要になります。
『中心化』は良い反応、『抹消化』は悪い反応。ただ注意あり。
この2つの内、前者の『中心化』は良い反応で、後者の『抹消化』は悪い反応として捉えられています。
しかし、この「中心化=良い反応」というのには少し注意が必要かなと私個人は考えています。
この理由に関しては、後で補足させていただきます。
この「中心化」と「抹消化」といった現象に関しては、様々な研究報告がなされていますが、この2つと別に、もう一つ重要な現象があります。
頸部痛改善のキーポイントは『Directional preference』
それが『Directional preference(DP:方向性選好)』です。
DPは症状の改善に繋がる力学的負荷の方向を指します。
DPはたまに『中心化(Centralization)』と混同されて使われてしまっていることもありますが、別のものとなります。
DPと中心化はそれぞれが別々に起こることもあるとされていますが、中心化を経験せずにDPを持つことはありますが、DPを持たずに中心化を経験することはないと言われています。
(参照URL:https://www.physio-pedia.com/Directional_Preference)
DPと一致した治療は、腰痛改善効果が歴然だった。
実際に312名の腰痛患者(坐骨神経痛症状含む)に対して以下のような3種のアプローチの結果を比較した研究(RCT)があります。
- DPと一致する治療。
- DPと反対の治療。
- DPと無関係の治療。
その結果はというと、2と3のDPと反対の治療とDPと無関係の治療を受けた被験者の1/3は、症状の改善が見られないか悪化したため2週間以内に離脱してしまいました。
それに対し、DPと一致する治療を受けた被験者は症状の悪化などの離脱はなく、その2つの治療群よりも有意な症状の改善および薬物使用の減少を認めました。
こういった研究結果もあり、脊柱原性の痛みなどに対して、DPを意識した介入の有効性が示唆されています。
DPは頸部痛患者にも存在する。
また、先ほどご紹介したのは腰痛に対する研究ですが、首(頸椎)に関してもこのDPが存在することがわかっています。
システマティック・レビューによると、『中心化』に関しては、頸部・腰痛のある4745人の患者における中心化の有病率は44.4%、
『DP』に関しては、頸部・腰痛のある2368人の患者におけるDPの有病率は70%であったという報告があります。
(参照:Stephen May et al:Centralization and directional preference: a systematic review.Man Ther. 2012)
DPの注意点。
このようにご紹介すると、頸部痛に対して、DPを考慮した運動療法は非常に効果的なように思えます。
事実、DPの有無の評価は非常に重要になります。
ただ、このDPの評価とそれを用いた治療というのは、少し厄介な点もいくつか存在します。
それが以下になります。
↓
- DPが存在するには、その方向への可動域制限が必要である。
- 1回の負荷ではかえって症状が増悪する場合がある。
→繰り返すと症状が改善してくるケースもある。 - 負荷量が適切でなければならない。
→負荷量が小さすぎても、大きすぎてもいけない。
(参照:成田崇也:脊柱理学療法マネジメント.メジカルビュー社)
また、そもそもDPが見つからないといったケースも存在します。
そしてDPの有無の確認といった評価やそれを用いた治療・セルフケアは、こうした特質上、専門家の介入が必要となります。
そのため、継続する頸部痛を抱えている方は一度、専門家に診てもらうのも良いと思います。
加えて補足として、DPでなく「中心化(Centralization)」を起こす介入に関しては、痛みを伴う場合があったり、他の頸部痛に対する治療介入と比べての差がハッキリとしないといった報告もあるため、注意が必要となります。
中心化に関しては、短期の疼痛レベルを改善させる効果が期待できる反面、そういった少しネガティブな部分もあるため、その点は補足させていただきます。
4.おまけ:頸部痛とスマホの関係。
最後におまけで、頸部痛とスマホの関係について軽くご紹介します。
「スマホ首」といった言葉がある通り、スマホの長時間の使用は、頸に良くないといったイメージをお持ちの方も多いかもしれません。
医学的なエビデンスと、こうしたイメージとは合致しているのでしょうか。
「スマホの長時間使用」と「頸部の障害」は関連する。
結論を言うと、、、
「スマホの長時間の使用」は、頸の理想的なカーブに問題を引き起こし、頸椎にかかるストレスの増大に繋がることがわかっています。
その他、様々な研究でもスマホの長時間使用は頸部周囲の靭帯の炎症を引き起こしたり、頸椎の固有感覚障害に繋がるといった報告がされています。
そのため、スマホの長時間使用は頸部機能障害の原因になり得ると考えられています。
私もそうですが、スマホは現代では切っても切り離せない存在です。
言い換えると、日常生活に深く関わる因子となります。
もし、首の調子が良くない方で、頸部痛が持続する人は、スマホの使用時間や使用時の姿勢を見直してみるのも良いかもしれません。
それこそ、私もこのブログを書く際に、スマホやパソコンを使用します。
そのため、姿勢や時間、使用環境等は私も気を付けるようにしています。
これらの具体的な対策に関しても、またご紹介できればと思います。