もしある日、自分が「筋力が足りていない」ということがわかったらどうしますか。
「筋肉を増やす」と考える方もいるかもしれません。
正解です。
筋力は筋肉の断面積とほぼ比例するのでその通りです。
事実、筋肉量が足りない人はまずは筋肉の量を適切な量まで増やすことが必須となります。
これはケガ予防にも関係することなのですが、そもそも現在のパフォーマンスの低さが
- 筋肉の量が少なすぎるのが原因なのか?
- 筋肉の量は足りているけど、その持ち前の筋肉を発揮できないのが原因なのか?
といった原因の違いによって、取り入れるべき運動も異なってきます。
今日はそんな、原因別の筋力低下(パフォーマンス低下)についてご紹介しようと思います。
1.筋力と筋横断面積の関係とは?
まず、筋力は筋肉の多きさに比例するとされています。
筋肉の大きさを表す専門用語に【筋横断面積】という言葉があります。
筋横断面積とは、一言で言えば”筋肉の太さ”です。
筋横断面積は、学術的には筋全体の長軸方向に垂直な断面積である解剖学的横断面積と、
筋繊維の配列方向に垂直な断面積で筋を採取して重量や形態を測定しないと推定できない生理学的横断面積があります。
解剖学的横断面積に関してはMRIなどで測定が可能ですが、生理学的筋横断面積に関しては難しく、以下のような式で計算されます。
↓
(望月久,山田茂:筋機能改善の理学療法とそのメカニズム:NAP Limited,pp24より引用したものを筆者で吹き出しを追加)
そして筋力の発揮に影響する要因として量的要因と質的要因に分けられるのですが、この式で計算される筋横断面積は量的要因にあたります。
筋繊維の発揮張力はこの筋横断面積に比例し、筋繊維全体として発揮出来る力は筋に含まれる筋繊維の横断面積の総和に比例すると言われています。
つまり……「筋肉が太くなればそれに比例して筋力も大きくなる」ということになります。
そのため筋力を上げるには、筋肉の太さや量が足りない人はそもそも物理的に発揮できないため、筋肉をつける必要が出てきます。
しかし、筋力の発揮に影響するのは、先ほどご紹介したように、量的要因だけでなくもう一つ、質的要因というものも存在します。
その質的要因には心理的要因や神経的要因などがあります。
心理的要因に関しては薬物や催眠によっても筋力の変動があることがわかっています。
そしてもう一方の神経的要因については
- 動員する運動ニューロンの種類と総数による調節(recruitment)
- 運動ニューロンの発火頻度の調節(rate cording)
- そして運動機能向上に重要かつ実用的な運動ニューロンの活動相による同期的・協調的調節(synchronization)
などがあります。これらについては専門的になり長くなるため、また別でまとめたいと思います。
そして物理的に筋肉を増やす、いわゆる筋肥大を狙った筋力トレーニングと神経的な要因での筋力トレーニングとでは、同じ筋力トレーニングでも負荷量や運動方式などが変わってきます。
それらについても追々紹介していきたいと思いますが、今回はそれら筋力トレーニングを取り入れるよりもさらに前段階にあり、かつ障害予防などにも役立つことを紹介したいと思います。
2.筋肉量に見合った筋力を発揮できていない場合がある?
先述したように、もし筋肉が圧倒的に足りない人はまず優先すべきは筋肉の量を増やすことが必須となります。
しかし、中には筋肉量は多いし足りているのにも関わらず
- 怪我をしやすい。
- 疲れやすい。
- 肩こりや腰痛などの慢性痛を抱えている。
といったような症状を呈しており、持ち前の筋肉量に対して身体機能のパフォーマンスが見合っていない人もいます。
特に若い方であれば、通常は特に目立ったトレーニングをしなくても既存の筋肉量で少なくとも日常生活や簡単な運動は問題がないことが多いと思います。
しかしそんな若い人でも、普段からパフォーマンスの悪さから肩こりや腰痛に悩まされ、スポーツをする際にも怪我をしやすいといった人がも存在するのです。
こういう人の問題点は筋肉量の問題ではない場合も多く、そういったケースは筋肉量を増やすための筋力トレーニングに取り組んでもパフォーマンスの改善に繋がらない可能性が高いことが予想されるのです。
そのため身体評価をした結果、そのようなケースに関しては
筋肉量を増やすの(量的要因の解決)ではなく、まずは今持っている筋肉をしっかりと発揮できる状況に持っていくこと(質的要因の解決)が求められます。
3.持ち前の筋肉の量を知るには?
それでは、肝心の筋肉量とその筋肉量に見合った筋力を発揮できているかを知るにはどうしたら良いのでしょうか。
これに関しては脇元幸一氏らをはじめとした論文を参考に紹介していきたいと思います。
使用する機械は論文の中ではBiospace社製Ibodyを使用して測定されております。
しかし、そういった研究で使用されているInbodyは種類にもよりますが、価格が数百万円もする高価なものであることが多く、スポーツジムなどで測定することなどはあっても個人で持っているという人は少ないと思います。
そこで個人的にオススメなのがタニタの家庭用の体組成計でこれらを測定できるものがあります。
それでも少し高価ではありますが筋肉量を測定することができます。(ちなみに私が実際に使用しているものは3万円程度のものです。)
その算出された筋肉量を体重で割り、体重あたりの筋肉量を算出します。(%Muscle volume:以下%MV)
そしてさらにこの家庭用の体組成計も買いたくない、持っていないという方には多少精度は劣りますが、%MVの推定値を出す式があるのでそれを利用していただければと思います。
その式が以下になります。
↓
%MV=-0.9591×%FAT+94.769
この上記の式の%FATの部分にご自身の体脂肪率を入れることで、概ねの%MVを求めることができます。
ただし、この数値はあくまでも目安であって実際の%MVとは乖離が出やすいことを念頭に置いておく必要があります。
実際私の場合はと言いますとこの計算式では私の体脂肪率が低すぎるため、体組成計で実際に測った筋肉量よりもだいぶ大きく%MVが算出されてしまいます。
そしてこういった機械で測定、もしくは計算式を用いて算出された筋肉量は、
日常生活を安全に過ごすには65%以上、
スポーツを始めても大丈夫なレベルには72%以上あることが1つの目安となります。
(競技スポーツレベルであればそれ以上必要だと考えられています。)
そのため、まず筋肉量が必要なパフォーマンスレベルの数値に届いていない場合は、そもそもの体重に対しての筋肉量が少なすぎるため筋肉をつけることが課題となります。
若い方ではそんなに引っかかる方は少ないと思います。
しかし、この後に述べる「では実際に算出された筋肉量に見合ったパフォーマンスがあるのか?」といった評価部分に関しては引っかかってしまう方が多いと思います。
4.持ち前の筋肉をしっかり発揮できているかを知るには?
先ほどの方法で、現在備わっている自分の筋肉量がわかった後に、
これに関しては体重支持指数(Weight Bearning Index:以下WBI)を測定することでわかります。
私たち人間は地球で生きている以上は、常に重力にさらされて生きています。
この体重支持指数というものは、そうした「人がその重力に対してどれだけの運動機能を持っているか」といったことを測る指標になります。
この測定に関しては論文では膝関節の等尺性随意最大筋力と体重比を用いて算出しています。
しかし、これに関しては先ほどの体組成計以上に使う場面の限られる専用の機械が必要であるため、私自身もこれで測定したことはありません。
そのため別の方法でWBIを算出します。
その方法が立ち上がりテストです。
これは腕を前で組み、片足で、なるべく勢いをつけずにある一定の高さの台から立ち上がれるかといったテストです。
この立ち上がりテストとWBIの関係は以下のようになります。
↓
図1(仲島佑紀,上倉將太,脇元幸一:立ち上がりテストと体重支持指数(WBI)の関係:P36より引用)
この図だけではわかりにくいかもしれませんが、例えば身長が170cm未満の人が少しずつ台の高さを低くしていき、30cm台まで立ち上がることが可能であればWBIは80であることが推計されます。
この立ち上がりテストの結果とWBIに相関があるため、私も臨床の現場ではこちらのテストを用いて大まかなWBIを測定しております。
そして1つ前の見出しで紹介した%MVとこの立ち上がりテストで算出されたWBIの関係は以下のようになります。
↓
図2(嶋田智明,有馬慶美,斉藤秀之:新人・若手理学療法士のための最近知見の臨床応用ガイダンス 筋・骨格系理学療法:文光堂:P97より引用)
この上の図に関して少し補足すると、まずは右側の%MVを確認します。
例えば私を例にすると、、、
私は%MVは体組成計で測定したところ82%以上あるので、上の図では一番上の82%を確認します。
そしてその82%の高さのまま左側へ目を移すとWBIでは130となっております。
これは要するに%MVが82%以上あれば、通常はWBI130というパフォーマンスが発揮できるはずであるということになります。
そこで先ほどのWBIを測定する立ち上がりテストの図に戻ります。私は身長が170cm未満であるため、左側の台の高さを確認します。そうすると台の高さは10cmとなります。
つまり私の身長でWBI130とは10cmの高さの台から片足で立てるといったパフォーマンスが求められます(右足、左足共に)。
私はこの10cm台からの片足の立ち上がりもできるので、概ね持ち前の筋肉量と筋力(パフォーマンス)が一致していると判断できます。
しかし、場合によっては%MVが82%以上あり身長が私と同じであるにも関わらず、10cm台から立ち上がれず、20cm台の高さからようやく立ち上がることができるといった場合もありえます。
その場合は本来82%MVの筋肉量なら可能なはずのパフォーマンス(WBI130相当)が発揮できていないということを意味します。
このギャップが持ち前の筋肉量に見合った筋力が発揮できていない状態となります。
おさらいすると
- 体組成計で筋肉量を測定。
体組成計がない場合は「-0.9591×%FAT+94.769」の%FATに自分の体脂肪率を入れて概算値を測定。 - 図2を使って、自分の%MVの値を確認後、そのまま左側の対応するWBI値を確認する。
- 図1を使って、自分のWBIに見合った立ち上がりテストの高さを確認する。
- その高さから立ち上がれれば、筋肉量に見合ったパフォーマンスがあると判断。
立ち上がれなければ、持ち前の筋力が発揮できていないと判断。
ちなみにここで筋肉量に見合ったパフォーマンスが発揮できていないといった人の場合は、筋肉を増やすようなトレーニングをする前にやるべきことがあります。
まずは筋肉量に見合った筋力を出せるようにする必要があります。
もう少し具体的に言うと、筋出力が過度に抑制されている状態を解放し、本来の筋肉量に見合った動きが可能である身体作りをするといったことが目標となります。
そののパフォーマンス抑制の改善方法とはどういった方法なのでしょうか。
結論を先取りすると、抑制を改善するには身体の柔軟性、その中でも特に脊柱の柔軟性を改善することが必要となります。
その理由に関してはまた次回以降に書いていきたいと思います。
せっかく筋肉トレーニングなどで鍛え、筋肉をつけているのにそれが実際に発揮されていないと凄く勿体無いですよね。
そんな勿体無い状況を作らないためには押さえておきたい豆知識かと思います。
今回は少し長くなってしまいましたが、この筋肉量とその実際のパフォーマンスの乖離はないかを知るといった筋の量的評価と質的評価の考えは個人的にすごく面白く、実用的であると感じています。
実際、私自身も身体のパフォーマンス維持のためにこの考えを取り入れて普段の予防に努めています。
また前回のブログで慢性疼痛に関して記載しましたが、その慢性疼痛に関してもこの理論が取り入れられているため今後も少しずつ紹介していきたいと思います。
参考文献
・嵩下敏文,脇元幸一,渡邉純:慢性疼痛疾患患者と健常人における筋質量(%MV)と体重支持指数(WBI)の比較検証:42-44,2008
・島谷丈夫,嵩下敏文,渡邉純,脇元幸一:慢性疼痛疾患患者と健常人における筋質量(%MV)と体重支持指数(WBI)の比較検証-第2報-~疼痛部位別におけるWBI~:38-42,2009
・仲島佑紀,上倉將太,脇元幸一:立ち上がりテストと体重支持指数(WBI)の関係:34-37,2003
5.まとめ
- 筋肉の太さと筋力は比例する。
- 筋肉量が足りない人はまずは筋肉を増やす必要がある。
- 筋肉量が足りていても、その量に見合ったパフォーマンスが発揮できない人がいる。(筋の質の低下)
- 筋の量的評価と質的評価はそれぞれ%MV、WBIで測定する。
- 筋の量ではなく質的低下によるパフォーマンスダウンの場合は、普通の筋力トレーニングだけでは改善が見込めない。