前回は発症してからの期間の浅い”急性腰痛”に関する内容をご紹介させていただきました。
今回は、発症してからの期間の長い”慢性腰痛”に関して取り上げてみたいと思います。
1.慢性腰痛に有効な保存療法とは?
慢性腰痛には体幹トレーニングが有効。
症状がでた直後は勿論つらいですが、痛みの多寡にかかわらず”持続する痛み”というのも非常に辛いものです。
そんな慢性腰痛に対して、【体幹トレーニングが有効である】ということは様々なエビデンスで指摘されています。
腰痛診療ガイドラインでも、慢性腰痛に対しては運動療法が推奨されています。
同ガイドラインから一例をあげると、慢性腰痛の人に対して、運動療法グループ(体幹トレーニングとストレッチを実施)と薬物療法(非ステロイド性抗炎症薬[NSIDs]内服)グループを比較した結果、腰痛関連による生活の質向上は運動療法グループの方が有意に改善されたといった記載などがあります。
(痛みの程度などに関しては両グループともに有意差はなかったとされています。)
こういったことから慢性腰痛に対する運動療法は強く推奨される保存療法の一つとして位置づけられています。
(参照:慢性腰痛診療ガイドライン2019)
慢性腰痛に有効な運動の”種類”は不明確。
ただし、慢性腰痛に対して有効な運動の”種類”に関しては現時点ではまだ明確な結論がでていません。
以前に私のブログで、【腰を曲げるタイプの運動】か【腰を反るタイプの運動】のどちらの方が腰痛の軽減効果が高いのかといったことをご紹介したことがあります。
↑過去ブログ参照。
慢性腰痛に有効な運動の種類が不明な理由とは。
慢性腰痛に対して有効である運動の種類がまだまだ明確とならない理由の一つとしては、慢性腰痛と一口に言っても痛みの原因が様々であるといった点があげられます。
痛みの原因が違えば、有効となる運動の種類が変わってくるのは想像に難くありません。
2.慢性腰痛に対する運動療法は”量”も大事。
慢性腰痛に有効な”運動量”に注目。
しかし、腰痛に対する運動は何も種類だけではありません。
運動はその実施される”量”によっても治療効果に差がでることがわかっています。
今日はそんな運動の種類ではなく、少し視点を変えた運動と慢性腰痛の関係についてご紹介したいと思います。
用量反応関係とは?
具体的には”運動の量”と”慢性腰痛”の関係についてです。
薬の効果としてよく使われる用語として”用量反応関係”というものがあります。
用量反応関係とは、薬で例えるとある薬を人(生物)に与えた際にその摂取量(用量)と投与の量に応じた人(生物)の反応の関係のことを指します。
そうした用量と反応の関係を示した用量反応曲線と呼ばれるものがあります。
曲線の例としては以下のようになります。
↓
x軸には”量”がプロットされ、y軸にはその”反応”がプロットされるのが通常です。
上の線は”シグモイド曲線”と呼ばれますが、イメージとしてはxである量が一定値を超えるとyである反応が急上昇し、そこからは量が増えるにつれて反応も大きくなっていきます。
ただ一定程度の量を超えると、反応であるy値が上昇せずに横ばいになっていることがグラフから見て取れます。
このように、量と反応の関係をグラフで視覚化するといった手法があります。
運動療法でもこうした用量反応関係を調べた研究があり、運動量とその反応…….いわゆる【運動量とその効果の関係】を知ることができます。
何事もほどほどに。適量が大事。
薬もそうであるように、運動にも適量というものが存在します。
いくら有効である薬でも飲みすぎれば副作用がでたり、肝臓にダメージがいって有害である可能性が高くなります。
それと同様に、運動もやりすぎれば有害事象の可能性が高くなり、かといって少なすぎれば良い治療効果が期待できません。
医療の世界ではこういったベネフィットとリスクを天秤にかけ、【最小のリスクで最大のベネフィット】を得られるような判断が重要になってきます。
慢性腰痛と運動療法の用量反応関係について。
では実際に
といった疑問に応えるべく、慢性腰痛と運動療法の用量反応関係についてご紹介していきます。
本日、参考にするのは
Dose-response-relationship of stabilisation exercises in patients with chronic non-specific low back pain: a systematic review with meta-regression
というタイトルの論文です。
これは非特異的慢性腰痛患者の痛みと障害に対する体幹トレーニングの用量反応関係を体系的に調べた研究になります。
(参照:Juliane Mueller et al.Dose-response-relationship of stabilisation exercises in patients with chronic non-specific low back pain: a systematic review with meta-regression.Scientific Reports volume 10, Article number: 16921 (2020))
この研究ではトレーニングの期間、頻度、時間といった項目とその効果をそれぞれ調べています。
この研究はメタ分析と呼ばれるものです。
メタ分析とは?
メタ分析とは過去に行われた複数の研究結果を統合するための統計解析になります。
統計的手法を用いて過去に行われた複数の研究のデータを定量的に結合させたものです。
過去にエビデンスのピラミッドをご紹介したことがありますが、そのピラミッドを下にのせます。
↓
エビデンスのピラミッドは頂上になるにつれて、信頼性の高い研究であるとされています。
メタ分析に関しては少し注意が必要な点はありますが、一般的にメタ分析は複数の研究論文を統合しているものということもあって最も高いところに位置しています。
そんなメタ分析の研究結果をご紹介したいと思います。
3.慢性腰痛に有効なトレーニング量・頻度・時間とは?
まず”トレーニングの期間”に関しては腰痛に与える影響は認められませんでした。
頻度に関しては逆U字の関係を、トレーニング時間に関しては20~30分程度の時間が腰痛と腰痛による障害に影響を与えたといった傾向を認めました。
順を追って説明していきたいと思います。
トレーニング期間と慢性腰痛の関係。
まずトレーニングの実施期間と慢性腰痛に対する効果としては以下のような結果が示されています。
【トレーニング期間と慢性腰痛に対する効果】
(Juliane Mueller et al.Dose-response-relationship of stabilisation exercises in patients with chronic non-specific low back pain: a systematic review with meta-regression.Scientific Reports volume 10, Article number: 16921 (2020)より画像引用。)
横軸が何週間かといったことを示しています。
5週、10週、15週…….といった期間を示しています。
そして縦軸には”Effect size”といった表記がされていますが、これは効果量を示しています。
ところどころ丸いものがありますが、これは”バブルプロット”と呼ばれ、1つのこの円が各研究を示しています。
そして、この円が大きいものほど重要度が高いものであるといった重みづけがされています。
丸の位置を見てみると、同じ期間でも効果量の高いものもあれば、効果量の低いものがあったりとまばらであることがわかります。
視覚的にもわかるように、今回ご紹介したメタ分析ではトレーニングの期間といったものは慢性腰痛に対してあまり影響を与えないといったことがうかがえます。
言い換えると、この結果だけを踏まえるとトレーニング期間は慢性腰痛に対してさほど重要でないことが示唆されます。
慢性腰痛のトレーニングの頻度の関係。
そして、次に紹介するの体幹トレーニングの頻度と慢性腰痛の関係です。
結果は以下になります。
↓
【トレーニングの頻度と慢性腰痛の関係】
(Juliane Mueller et al.Dose-response-relationship of stabilisation exercises in patients with chronic non-specific low back pain: a systematic review with meta-regression.Scientific Reports volume 10, Article number: 16921 (2020)より画像引用。)
これについては実践部分に注目をしていただきたいのですが、トレーニング頻度と慢性腰痛に関しては逆U字の関係を認めています。
弱いエビデンスではあるのですが、トレーニング頻度に関しては頻度を増やすと効果量が高くなり、頻度を増やしすぎると効果量が低下していくといった傾向がみてとれます。
今回の論文では、トレーニング頻度は週 3~5 回の頻度の体幹トレーニングが慢性腰痛患者に最大の効果をもたらしたといった結果が示されました。
慢性腰痛とトレーニング時間の関係。
最後に実施するトレーニング時間と慢性腰痛の関係ですが、以下のような結果を示しました。
↓
【トレーニング時間と慢性腰痛の関係】
(Juliane Mueller et al.Dose-response-relationship of stabilisation exercises in patients with chronic non-specific low back pain: a systematic review with meta-regression.Scientific Reports volume 10, Article number: 16921 (2020)より画像引用。)
実施するトレーニング時間に関しては中程度の質のエビデンスを認め、20~30分程度の時間が慢性腰痛患者に対する痛みと腰痛による障害の両方に最も大きな影響を与えていたことが示されました。
慢性腰痛と体幹トレーニングの用量反応関係のまとめ。
これらの結果をまとめると、慢性腰痛の人に対して実施する体幹トレーニングは
週 3 ~ 5 回の頻度で、1 セッションあたり 20 ~ 30 分
といった介入が痛みの軽減および腰痛による障害の改善にプラスの効果があるというが示唆されます。
(低~中程度のエビデンス)
臨床的にも納得の結論?
実をいうとこの週3~5回、1回あたり20~30分程度の体幹トレーニングという内容…….私の感覚知でしかありませんが、以外と実体験的にも納得しやすい結果でした。
私も腰痛のある人に対して、症状に応じて体幹トレーニングを自主トレとして取り入れてもらい、患者さんに実施状況とかを確認することは多くあります。
そうしたただの経験則にはなりますが、患者さんのトレーニングの実施状況と症状の改善傾向は今回示されたものと近い感覚を持っていました。
今回、この研究をご紹介したのは、私の経験則と感覚知的にマッチする部分が強く、面白いなと感じたからといったことも理由の一つとしてあります。
補足:トレーニングの詳細はブラックボックス。
補足として、今回ご紹介した論文だけでは、体幹トレーニングの強度やエクササイズの種類の数、反復回数、セット数、エクササイズ間の休憩といったトレーニングの詳細との関係は不明のままとなります。
例をあげると、筋肉量を増やすといった目的に対して適したトレーニングには比較的ゴールドスタンダードが存在します。
トレーニングを行う上で、トレーニング強度や種類の組み合わせ、反復回数やセット数、インターバルというのは非常に重要になります。
そのため、本来は腰痛に対してもそういった適した負荷量というのは存在します。
ただ慢性腰痛の場合は病態が違えば、もともとの身体機能にも差があったりすることから一気に複雑性が増します。
今回ご紹介した論文だけではこの詳細部分がブラックボックスとなってしまいます。
こういったトレーニングの詳細部分に関してもその内ご紹介していきたいと思います。
ただ今回ご紹介した体幹トレーニング量と慢性腰痛の用量反応関係は私の臨床経験と比較的マッチする内容であったので、参考程度にご紹介させていただきました。
4.痛みに対する運動療法は自主トレが必須?
私もリハビリ・運動療法を実施している中で、家で行っていただく自主トレーニングをほぼ必ずお伝えしています。
そして私が専門としている運動器のリハビリにおいて、この自主トレーニングの取り組み具合は治療効果をダイレクトに左右するといっても過言ではありません。
自主トレの重要性。
私が勤めている整形外科のクリニックでは大半が概ね週1回、時間としては20~40分程度の頻度と時間でリハビリを実施しています。
1週間(7日間)は時間にすると24時間×7日間で168時間です。
168時間の内の私が患者さんにリハビリを実施できる時間は20~40分です。
病態にもよりますが、神の手(?)もない私がその瞬間にリハビリを行うだけで、それ以外の時間に症状が増悪するような時間を過ごしていたり、適切なセルフケアや自主トレも全くなければ治療効果はとてもじゃありませんが期待できません。
入院患者では毎日リハビリを行うこともできますが、私が携わっている外来リハビリではリハビリ以外の時間が圧倒的に長くなります。
さらに、私が個人的にやっている自費リハビリになると、もっと間隔があいて2~3週間に1回、1か月に1回、人によっては数か月に1回といった頻度のお客さんもいます。
そうなると、当然ながら日々のセルフケアや自主トレの重要性は更に増してきます。
リハビリ職は医師と違って手術といった器質的な部分に直接働きかけることもできません。
そのためリハビリでは症状が寛解・治療するための適切な努力の方向性をお伝えすることも非常に重要であると感じています。
あくまでもその努力の主体は、痛みを抱えている本人になります。
私が痛みのある本人に代わってトレーニングをしても当然ながら意味がありません……。
そうなると、病態や機能を見極めて、痛みの原因を可能な範囲絞り込み、それに適した自主トレーニングや普段の動きの注意点をお伝えすることが重要になってきます。
言い換えると、少しでも確度の高い情報をお伝えする必要がでてきます。
そんなお伝えする情報の中で、今日は慢性腰痛に対しての運動の”量”を焦点にあてた関係性についてのご紹介でした。