あなたは健康番組や医療番組を見た際に、同じ専門家でも意見が違ったり、数年したら全然違うことを言っているのを見たといった経験をしたことはないでしょうか。
そんな時に、「どの医療情報を信じたら良いのかわからない…」となることはないでしょうか。
そんな人のために、医療情報の根拠である【エビデンス】について今日は少しご紹介したいと思います。
医療の世界ではエビデンスという言葉が頻繁に出てきますが、近頃では医療分野だけでなく色んな分野でも使われることが増えてきている印象です。
意味としては科学的根拠のことをエビデンスと言います。
つまりエビデンスとは、医療の信憑性・信頼性を表すものになります。
当然のことではありますが、医療現場ではこのエビデンスに基づいて医療が提供される必要があります。
しかし、そもそも論としてこの
- エビデンスってどんなもの?
- 何を持って科学的根拠がある、なしを決めるの?
ということをざっくばらんに書いていきたいと思います。
私自身、医療従事者ではありますが、働きだして2年目くらいの際にこのエビデンスについて凄く悩まされました。
エビデンスについて悩まされたきっかけは、医療従事者の一人として正しい医療情報を得ようとした際に、戸惑うことが増えたのがきっかけでした。
勉強して感じたことは、エビデンスは取り扱いが非常に難しく、その難しさゆえに一般には非常に浸透しにくい印象があります。
ただ、このエビデンスとはそもそもどんなものかを知らないと、健康に関わることなので本当に危険で、ある種のとんでも論や陰謀論めいたことに陥ってしまう危険性も高いため今回書いていきたいと思います。
目次
1.エビデンスレベルとは?エビデンスのピラミッドについて
簡単に表現するとエビデンスの中でも、信頼性の高いエビデンスもあれば信頼性の低いエビデンスも存在します。
馴染みのない人からすると、同じ科学的に示された根拠なのにレベルがあることに戸惑うかもしれませんが、エビデンスの信頼性としては下の図のようになります。
↓
このピラミッドの上になるほどにエビデンスが高い、いわゆる信憑性・信頼性の高いものと判断されます。
1つ注意していただきたいのが、このピラミッドの下の方に専門家の意見というものがあります。
この位置からもわかるように
そのため、テレビなどでも〇〇大学教授、〇〇研究所の〜という肩書きがありそうした人が意見を述べている場面がありますが、正直なところそれがエビデンスとしては低く、大きな声では言えませんが、場合によっては間違っているといったこともあります。
かといって、勿論ネットの世界も誤った情報が多くあり、玉石混交ではあります。
しかしその反面、現代ではこのネットのおかげで一次情報にもアクセスしやすく、誤った情報や意見があったとしても自浄作用が働き、正しい情報を昔より共有しやすくなったと思います。
ただ、それを上手く使いこなすためには条件があると思います。
先ほどの例で言うと、
- 〇〇大学の教授だから、
- 医師だから、
- 年上であるから、
- 男性だから、
- 女性だから、
- 私で言えば作業療法士だから、、、
といった理由だけで信頼することは時に間違った情報をつかまされる危険性が高くなります。
これは【権威論証】と言い、その人の裏にある権威(資格などの肩書き)が情報の根拠になっていることを指します。
人は完璧でなく、時には客観性を失うことも多々あることを考慮すると、少なくともこれだけでは危うい根拠にすがることになってしまうと言えます。
ただ誤解のないように補足すると、そういった権威のある人が言う意見全てが間違っているわけでは勿論ありません。
専門家の一意見もエビデンスのピラミッドの下に位置するからといって耳を傾ける必要がないというわけでは決してありません。
私自身、分野に限らず専門知識はその筋の専門家に聞くことが良いと考えています。
素人判断ではどうしても間違ってしまうリスクが高いですし、分野の違うところの話に触れる際には注意を払うように意識しています。
そのため、専門家に教えをいただくのが一番良いのですが……
医療の分野に限らずではありますが、以下のような経験はないでしょうか。
複数の専門家にその分野のことについて見解を求めた際に、、、
という場面を見たことはないでしょうか。
そういった状況に陥った時に、どう判断したら良いのかといった基準があると助かると思います。
例えば同じ専門家の一意見でも、
その意見の根拠が長年の勘やなんとくなくというのと、
このピラミッドでいう最上位のシステマティックレビューを参照にしたものの意見とを比べれば当然信頼性も雲泥の差となります。
2.根拠に基づく医療(EBM)が普及したのはいつ頃? EBMはメカニズムの考えを優先していない。
科学的根拠に基づく医療を英語のEvidence Based Medicineの略でEBMと表現します。
このEBMですが、起源はというと1700年代くらいまで遡りますが、普及しだしたのは実は比較的まだ最近で、1990年頃になります。
そして普及する一つのきっかけと呼べるものがマックマスター大学でのEBMワーキンググループによる「Evidence Based Medicine: A New Approach to Teaching the Practice of Medicine」という論文が1992年にアメリカ医師会雑誌に掲載されたことにあります。
これは「EBM宣言」とも言われる文書です。
誤解なきように述べますが統計的な根拠が絶対十分ではありませんが、強調しておきたいことは、少なくとも根拠は統計的に導き出された結論を最も重視するというものです。
これからも幾度と強調しますがこれが絶対に押さえておいてほしいポイントになります。もしかすると一般の人だけではなく医療従事者の中にも
- 「医学研究といえば、研究室のような場所で動物実験が主である。」
- 「メカニズムの特定、判明が科学そのものである」
と考えている方もいるかもしれません。
そうした側面も勿論存在しますが、少なくともEBM宣言以降の国際的なエビデンスはそれらを最重要視はしていません。
そもそも動物実験では「動物と人では違うよ」と言われればそれまでであり、そういった理由からエビデンスのピラミッドで見てもわかるように根拠のレベルとしては低いものとなっています。
また数多くの科学的発見は実験ではなく観察に基づいています。
そのためこのEBM宣言以前は医学的根拠とされていた
- 医師等の感覚や思いつきによる「直感」→ ×
- 自分が経験した臨床行為とその結果を自己流にアレンジした職人的要素の「系統的でない臨床経験」→ ×
- 動物実験やその他実験結果からくる「病態生理学的合理付け」 → ×
などは、観察からくる統計的考えではないためEBM宣言以降はこれらを医学的根拠としては重視していません。
この1〜3というものはいわゆるメカニズムを追求するような考えとなります。証明済みの理論をもとに普遍的な結論を導く「演繹的推論」とも言えます。
そしてそれと対峙する考えとして経験則から蓋然的な結論を導く「帰納的推論」があります。
どちらも重要な推論方法ではあるのですが先述したように、現在の医学の世界ではこれら2つの方法で導いた結論について、どちらの結論を優先すべきかについては国際的に合意がなされました。
それがいわゆるこの”EBM宣言“となります。
3.統計的手法で導かれた結論が最もレベルの高い科学的根拠となる。
これは医療従事者の中でもピンとこない人もいれば、一般の方からしても少し理解しにくい部分かもしれません。
なぜならある程度既存の理論に沿って論理的に考える・メカニズムで説明されたものより、メカニズムは多少わからないにしても適切な手順の統計的手法で導かれた結論を優先するということに違和感を感じることは別におかしなことではないと思います。
と言うのも、歴史的にもそうしたメカニズム論 vs 統計的結論の間では幾度となく論争されてきたからです。
そして長く対立してきたその論争に1つの終止符を打ち、万能ではないにしても最優先すべきものは統計的結論であるといったことを世界的に合意を得たのがEBM宣言と言えます。
これに関してなぜそういった結論になったのかを理解するにはその結論に至るまでの歴史を知る必要が出てきます。その歴史例に関してはまた紹介していきたいと思います。
結論だけ少し今回先取りすると、メカニズム論を重視してしまったがために、多くの死者を出してしまった例や命を救うどころかむしろ命を奪うような医療処置が行われてしまった歴史的背景があります。
当時も医療に関して統計的な手法で導かれた結論を根拠に医療的処置を提供しようとした時に
「それは現代医学では説明できない、そんなわけがない、メカニズムが説明できない」
などといった理由で反対され適切な処置を行えなかった歴史もあります。
そうした悲劇的な歴史を繰り返した結果もあり、現在では万能にないにしろ、少なくとも大きく間違ったことの起こりにくい、より客観的な正確さを担保された統計的手法による結論を最もレベルの高い科学的根拠として位置付けるようになりました。
経済学でも統計はものすごく重要になるのですが、そんな統計学は科学の文法とも言われることもあるくらいに重要な学問です。
そのため、正確な情報を得るためにはある程度の統計学的知識は必須であると私は考えています。
4.まとめ
- 科学的根拠のことをエビデンスという。
- エビデンスには信頼性の高さを示すレベルが存在する。
- 1992年のEBM宣言以降、統計的手法を用いて出した結論を最上位の科学的根拠としていしる。
- 統計学とはいわば科学の文法である。