風邪とは上気道(鼻腔から咽頭、喉頭までの気道)に急性の炎症が起こる疾患の総称のことを指しますが、今日はそんな風邪と運動の関係について少し書いていきます。
風邪にかかりやすさとは言い換えれば免疫機能の高低ですが、免疫機能と一口に言ってもその機能低下を招く要因は
- 慢性的な心理社会ストレス
- 長距離移動
- 過度なダイエットや減量
- 飲酒・喫煙
- 紫外線
- 女性ホルモン低下
などと様々です。
私は内科医ではないのに加えてこれらを専門としているといったわけではないので、あまり突っ込んで書くことは適してないと思うのでしません。
なので、あくまでも“運動”との関連について少しとおまけ程度の豆知識を最後に書くだけですが参考程度に読んでいただければ幸いです。
1.アスリートは一般人よりも風邪にかかりやすい?
アスリートに限った話ではありませんが、皆さんも身近に【身体はごつい(鍛えている)のに風邪にかかりやすい人】、反対に【身体は華奢に見えるのにあまり風邪にかかっていない人】といった風に一見、姿形と反した印象を持つ人はいないでしょうか。
勿論、冒頭でも紹介したように様々な要因が絡まって免疫機能に影響を与えるので一概に一つの要因だけで語るのは適していない部分もありますがわかりやすくこのブログのテーマである“運動”にだけあえて焦点を絞った際にこれらの理由について書いていきます。
トライアスロンなどのエリートアスリートと余暇活動程度に運動をしている人を比較した研究では、エリートアスリートの方が高確率で風邪に発症しているといった報告がされています。
(参照:Luke Spence et al:Incidence, etiology, and symptomatology of upper respiratory illness in elite athletes.Med Sci Sports Exerc)
普段から身体を鍛えており一見、心身ともに頑強そうなのになぜそのようなことが起こるのでしょうか。
実は、運動は風邪の罹患と密接に関わっていることが報告されています。
そんな運動と風邪の関係について少し触れていきたいと思います。
2.運動による免疫機能向上のポイントは低強度?
運動と免疫機能について触れる前にそもそも免疫機能とはどういったものでしょうか。
免疫機能には大きく分けて2つの機能があります。
1つはそもそも病原体の侵入を防ぐための「粘膜免疫」
もう1つは侵入した病原体の排除と免疫機能の調節を図る「全身免疫」に分類されます。
全身免疫は主に病原体が侵入した後の話であり、風邪をひいた際の発熱などがそれにあたります。
そのため、そもそも風邪をひかないようにするという意味では前者の病原体を防ぐための粘膜免疫が重要となります。
こういった理由からあくまでも風邪の予防という観点からは「粘膜免疫」と運動の関係について考えていきます。
そしてこの粘膜免疫ですが、その主体となるものを分泌型免疫グロブリンA(SIgA)と呼ばれており、このSIgAが風邪の罹患リスクに関係するといわれています。
前述した高強度の運動が免疫機能が低下するといった内容ですが、その理由がまさに高強度の運動がSIgAの低下を招くことが報告されているからです。
内科臨床誌メディチーナの清水和弘氏の記事によると、高強度(最大酸素摂取量の75%)で1時間の自転車運動を行うと唾液中のSIgAが30%減少し、完全に回復するまでに1日ほど要するといった研究を紹介し、したがって1回の運動でも免疫機能は低下して回復に時間を要することが記載されています。
そのため身体を鍛えるためと言っても、闇雲に高強度の運動を行ってしまうと免疫機能の低下を招き、風邪をひきやすい状態に陥ってしまうリスクがあります。
75歳以上の高齢女性が低強度の運動をしたところ、運動前に比べ運動後ではSIgAの分泌濃度や分泌速度が有意に増加したことや
(参照:Yuzuru Sakamoto, et al:Effect of exercise, aging and functional capacity on acute secretory immunoglobulin A response in elderly people over 75 years of age:J Women Aging May-Jun 2018;30(3):227-241)
ヨガを実施した成人女性で、実施前に比べ実施後はSIgA濃度及び分泌量が有意に増加する
(Nobuhiko Eda,et al:Yoga stretching for improving salivary immune function and mental stress in middle-aged and older adults:J Women Aging. May-Jun 2018;30(3):227-241.)
ことが確認されています。
そのため、低〜中強度の運動はSIgAの分泌濃度や分泌量の増大に作用し、粘膜免疫機能向上に繋がることが示唆されています。
冒頭に書いたように風邪の原因は様々であるため運動だけで全て解決できるわけではないと思います。
しかし、運動のメリットは何よりもその手軽さと副作用の少なさに対しての効用の高さと言えるのでもし、風邪をひきやすい方で少しでもそうした体質改善の一助として運動を取り入れることはおすすめできると思います。
そして、風邪のひきにくい体質の獲得が目的であれば、取り入れる運動の負荷としては高負荷な運動ではなく、低~中程度の強度の運動がおすすめであることは知っておいて損がないと思います。
また、冒頭でも触れたアスリートが風邪にかかりやすい理由としては単に高強度の運動といった要素だけでなく、
- 持久力アップなどの高地トレーニングの影響(低酸素環境による交感神経過活動)。
- 運動誘発性の無月経。(女性ホルモンバランスの悪化)
- 過度な減量(栄養、水分不足による免疫低下)
- 海外遠征などの長距離移動(航空機内の低酸素・低湿度による影響)
といった要素も影響していると指摘されています。
3.おまけ:風邪に抗生物質処方という誤り
風邪について少し触れたので最後におまけで取り上げたいことがあります。
風邪を引いたから抗生物質といった考え方……
もしかしたら当然と考えている方もいるかもしれませんが、実はそれは原則誤っているということはご存知でしょうか。
例えば日経Good dayには以下のような記事があります。
「風邪は抗生物質で治る」は間違い 薬効かない体に?:日経Good day
また朝日新聞の記事では国内の外来診療で処方された抗生物質の6割近くが不必要であったといった調査の紹介がされています。
抗生物質の6割、効果ない風邪などに処方 自治医大調査:朝日新聞
こうした記事を参考にすると、風邪に対して抗生物質が効くわけでないにもかかわらず、それなりの割合で処方され続けているといった少し不思議な現状であることがわかります。
私自身、昔風邪を引いた際に抗生物質を処方されたことがあるのですが、そもそも風邪に抗生物質をやたらと処方することが誤りであるということはどういうことでしょうか。
両方の記事を読んでいただければわかることですが、このブログでも少し書いていきます。
まず病気を引き起こす微生物には【細菌】や【ウイルス】がなどがあります。
その両者の差はと言うと簡単に言えば形や大きさの違いと言えます。
細菌は1つの細胞であり、細胞であるため特徴として核や細胞膜を持っており自己増殖が可能です。
それに対してウイルスはDNAやRNAといった遺伝子がたんぱく質の殻だけで包まれている単純な構造であり、とても小さいのが特徴です。
ここでポイントなるのが、抗生物質とは体内に侵入した細菌を死滅させたり増殖を抑制するための薬であって、基本的にウイルスには効き目がないのです。
またそれだけでなく、抗生物質の使いすぎは薬剤耐性菌を発生させるというデメリットがあります。
薬剤耐性菌とは抗生物質を使うことで突然変異により生まれてしまう、名前の通り抗生物質に耐性を持った菌を指します。
つまり、抗生物質が効かない菌が発生してしまいます。
そう考えると風邪に対する抗生物質の使用は無効であるどころか有害であると言え、実際に世界中でそういった問題が指摘されています。
イギリス政府が委託した組織が作成した薬剤耐性菌に対してのレポートを参照すると、薬剤耐性菌に対して何も対策を立てずに2050年までに耐性が上昇し続けると、、、
毎年1,000万人が死亡し、
国内総生産(GDP)が2~3.5%減少し、
世界的なコストとしては最悪100兆米ドルになる可能性もある
としています。
上記は対策されてない場合でかつ、ある種の最悪シナリオの推計のようですがこれが現実となると非常に問題ですね。
このレポートは無料で読めるのでご興味ある方は下記にリンクを掲載しておきます。
参照:Antimicrobial Resistance: Tackling a crisis for the health and wealth of nations.
同レポートの中でも薬剤耐性はantimicrobial resistanceの略でAMRと略されていますが、この抗生物質の不適切な使用を背景としたAMR対策については近年厚労省も本腰を入れ取り組んでいる問題でもあります。
そのためAMR対策についての厚労省のリンクもついでに下記に貼っておきます。
厚労省:薬剤耐性(AMR)対策について
また補足として、風邪だったとしても二次的な細菌感染予防を目的として抗生物質を処方する必要があるといった反論もあるようです。
しかし、東京大学大学院医学系研究科の康永秀生氏の著書を参考にすると、そうした反論にも根拠は乏しく、抗生物質の予防的投与による肺炎などの細菌抑制効果はほぼ認められていないといったことが書かれています。
また同氏によると153万件以上を対象とした研究で、抗生物質の治療の有無を比較した研究結果などを紹介した上で、抗生物質のそうした二次感染の予防効果といったメリットと抗生物質を使うことによるデメリットを比較した際にはデメリットの方が上回っていることを指摘されています。
(Sharon B Meropol et al:Risks and benefits associated with antibiotic use for acute respiratory infections: a cohort study.Ann Fam Med Mar-Apr 2013;11(2):165-72. doi: 10.1370/afm.1449. 参照)
こういったさらなる内容について興味ある方は厚労省の一次資料を読んだり、それを元に関連書籍や文献などを調べてみたりすると面白いと思いますので今回ご紹介程度とさせていただきました。
4.まとめ
- アスリートは実は一般人よりも風邪にかかりやすい。
- 高強度の運動は免疫機能を低下させるリスクがある。
- 風邪をひきにくい身体を目指すなら運動の強度は低~中程度がおすすめ。
- 風邪に抗生物質(抗菌薬)は要注意。
- 薬剤耐性菌による経済的コストは甚大。